手強い相手だった。。。ふうう。。。
2008年8月アーカイブ
手強い相手だった。。。ふうう。。。
これまでのクイックノートの内容の第2次まとめをしておきます。
「「「「トピック1、始源αの揺らぐプリズム」」」」
すべてのシステム群がない状態、つまり私たちが一般的な通念で考える世界の始まり、を始源αとします。ここで、「システム群がない≠システム群が存在しない」とします。この一連のシステ ム群に存在という概念は馴染まないような気がするので、「ない」と「存在しない」はとりあえず別物としておきます。どうしてこの2つの用語を別としたかは 後で考察します。
システム群がない状態の始源αとはどのような状態なのでしょうか。多分誰にも分かることはないと思いますが、今まで述べたシステム群による外部的な ものXと私たちのシステムの関係の輪を完成させるために、便宜的に始原αにおいて、時間の概念と切り離された「可能態」と「始源のプリズム」を設定してみ ます。
(可能態と始源のプリズム)
システム群がない状態である始源αは人間でいう夢を見ています。これは始源のプリズムにある歪みによって引き起こされた起こり得ることすべてを含んだ夢です。
私たちは例えば
「時間が始まる状態までさかのぼって、そこから逆に時間が進む様子を思い描いてみよ」
という問いかけがなされたとき、無意識のうちに時間が始まる前の状態、つまり始源αに鏡を想定します。鏡を始源αに設定することで、時間が始まって から私たちに如の問いかけが成されるまでの状態と、逆に時間をさかのぼっていったときに発生していく一連の状態が同じだと思い込む。ところが、実は始源α に私たちが思考の上で設置するのは何も始源αからこちら側の時間の流れにおいて起こったことと、始源αからあちら側の時間、つまり時間を遡っていく逆の時 間、において起こることがまったく同じであるという必然性をもたらす鏡である必要はない。
ここで、仮に始源αからこちら側の時間とあちら側との時間の間に、鏡の代わりにプリズムを置いてみます。これが始源αのプリズムです。鏡は像を正確に 写すが、プリズムは像を歪めて写す。始源αからこちら側の時間の像、つまりこちら側の時間で起こったこと、が始源αのプリズムによって歪んで、始源αからあ ちら側の時間の像、つまり時間を遡って起こったことに映し出されます。逆もまたしかりで、あちら側の時間で発生した現象はこちら側で発生した現象に歪んで 映し出されます。つまり、私たちが刷り込みによって行ってしまうように、自分で考える前に始源αに鏡を置くのをとりあえずやめて、始源αにプリズム(始源αのプリズム)を想定 してみたとき、今から始源αまでの間に起こることと、始源αからあちら側の時間の今まで起こることが異なるものになります。この異なりは始源αのプリズム の歪みによって引き起こされます。
そして、
「システム群がない状態の始源αにおいて始源のプリズムという時間が切り離されたという題目がついた概念によって意味されるものを設定することに問題はないのか」
という問いかけに対しては、当然、
「システム群がない状態の始源αにおいて『あちら側の時間で起こることとこちら側の時間で起こることを正確に映し出す鏡』という時間が切り離されたという題目がついた概念によって意味されるものを設定することに問題はないのか」
という反対の問いかけが成され得ます。始源αにおいて今まで直感的にその鏡を設置していたのであるので、答えは恐らく問題がないということになるでしょう。
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では再び、始源αにおいて起こっていることに視点を写してみましょう。
冒頭で述べたように、始源αにおいてはシステム群がありません。ただし、システム群がない状態が始源αのプリズムによってどのように始源αのあちら 側の時間において写っているかは分かりません。ひょっとしたら、始源αのプリズムのいたずらで細部がところどころ異なるシステム群が構築されているかもし れないし、ひょっとしたらもっともっと複雑なシステム群があるかもしれない。それは始源αからこちら側の時間にいる私たちにはちょっとよく分からないかも しれないことですが、どのような像が始源αのあちら側に移っていたにせよ、始源αからあちら側の時間の状態は始源のプリズムを通してもとの通りの正確な像 を返すので、始源αからこちら側の時間にはシステム群がない状態が続いている。
ところが、始源αからあちら側の時間に時間を自由に行き来することが出来る現象が、こちら側の時間においてシステム群のない状態が始源αのプリズム を通して写ったとする。この写る現象が突然変化する状態が可能であるには、始源αのプリズムは揺らいでいなければなりません。その揺らぎのある始源αのプ リズムにおいて、あちら側の時間で時間を移動できる状態として写ったために、始源αからこちら側の時間でシステム群がない状態ではない状態が発生する。つ まり、時間を移動できるものが始源αからあちら側の時間において起こったために、今までのこちら側の時間においてシステム群がない状態であるという秩序が 破壊され、こちらでも何らかの時間、もしくは始源αのプリズムの歪みによっては時間でも空間でもないものかもしれませんが、を移動するものが発生する。す ると、もはや始源αからこちら側にある状態というのは、システム群に至らないまでも、少なくとも何かがある状態になる。
その始源αから何かがある状態はいままでのシステム群がない状態とは別の像を始源αの揺らぐプリズムを通してあちら側の時間に映し出します。そして もはや始源αからこちら側の時間には何者かがある状態になる。それはこちら側の時間においても何らかの現象が発生するのが可能になったことを意味します。 こうして、こちら側で起こったこととあちら側で起こったことが双方向にそれぞれの像に影響を及ぼし、そして偶然発生したのがシ ステム群だと思います。
次のトピック2の内容は上述の始源αの揺らぐプリズムについて述べたトピック1の内容と多少矛盾を含みますが、一連の問題が解決されるのに再び始源αの揺らぐプリズムについて再考される必要が発生し次第、その矛盾については考察します。「「「「トピック2、始源αとシステム群に関する第一次まとめの内容」」」」
以下は第1次まとめの内容の転写です。
(留意事項)
現段階においては、以下記述する一連のシステム群のことは、すべて始源の揺らぐプリズムによって始源αからあちら側の時間、つまり逆行する時間で起 こったことを歪んで移している他律的な像に過ぎない可能性がある。始源αからこちら側の時間、つまり順行する時間で発生していることが自立的なものかどう かは考察を必要とする。始源αにこちら側の順行時間とあちら側の逆行時間で起こることをすべて同一のものとする鏡のようなものを想定するのではなく、あち ら側で発生することはこちら側で発生することを歪めて写し、また逆もまた真であるとあり、そしてどちらかの状態に変化がなくても一方に写る像は刻々と変化 するという、始源の揺らぐプリズムを設定することによって、例え逆行時間のあちら側で発生していることが無に近くても、始源の揺らぐプリズムの状態如何に よってはこちら側で発生することは壮大なシステム群でありまたそのシステム群が急速に発展しゆくものであるものである可能性があるのである。始源の揺らぐ プリズムにどのような規定要因があるのかはまた考察する。
(始源αで起こったこととシステム群)
可能性①始源αからこちら側の時間で起こっていることがあちら側の時間で起こっていることを始源の揺らぐプリズムによって写しているだけの他律的な像に過ぎない場合
私たちが直感的に感じている記憶というものが虚偽のもので実は私たちが属するこちら側の時間で発生すていることはあちら側でのことを他律的に写して いるだけの像となるので、私たちが感じている時間はあちら側の時間を始源の揺らぐプリズムによってあちら側の時間を歪めて写した偽時間となり、実際のこち ら側の時間は私たちの直感的に把握している時間とは別に流れていることになる。なぜならば、私たちは歪んだ像に過ぎないからである。よって、こちら側で起 こっていることがすべてあちら側に依存する他律的なものである場合、こちら側の時間においてはただ偽時間を持つ私たちのような像が出現しては消えることと なる。
可能性②始源αからこちら側の時間で起こっていることがあちら側で起こっていることの影響を受けつつ自律的に動くものである場合、さらに逆もまた真である場合
双方向に影響しあっているこの②のようなケースの場合、どの程度、こちら側で発生していることがあちら側の時間でのことに影響を受けているのかはまた考察してみる。
まず、こちら側で発生していることが始源の揺らぐプリズムに像を返すまでの「時間」、また逆にあちら側で発生していることが像を返すまでの逆行する 「時間」は、当然、私たちが直感的に把握する「時間」とは別のものとなる。どのように違うものであるかは後ほど考察する。ここでは、とりあえず違うものと して像が時間内を移動する時間を時空時間とする。始源の揺らぐプリズムの揺らぎが発生するのは私たちの直感的な時間においてではなくて、その時空時間にお いてである。つまり、一方の時間で発生したことが時空時間の経過内に始源の揺らぐプリズムに像を送っている間にプリズムは揺らいでいるので、像がプリズム に到達するまでに時空時間がどのくらい経過するかによって、プリズムの裏側、現象が発生した側の時間とは別のサイドの時間においてその現象が写る像は変化 していく。
始源αからこちら側の時間で発生してることがなにもなくても、始源の揺らぐプリズムによって、始源αからあちら側の時間では刻々変化する壮大な像が 形成される可能性がある。そしてこのケース②の場合、ケース①のように偽時間を持つ像がシャボン玉のように現れては消えるものとは別の場合を想定してお り、あちら側もこちら側もそれぞれが自律的に動くので、こちら側でなにもない状態が写ったあちら側の歪んだ像は独自の発展をして、こちら側になにもない状 態とは別の像を返す。そして始源αからこちら側の時間において、下記のような一連のシステム群が発生する。
この場合、システム群が誕生するのは始源αから限りなく近い時間とは限らない。また、ある時間において突然発展する状態なしで完成されたシステムが 出現する場合がある。この突然出来上がったシステム群が発生してそして自律的に発展していく場合にはシステム群にいる者たち、つまり私たち、にはシステム 群の前触れなしの完成された誕生よりも前の時間のことが記憶として残っている場合がある。この記憶はもちろんシステム群にいる私たちが認識するであろうよ うにこちら側の時間のものではなく、あちら側の時間のものである。
((外部的なものX))
外部的なものXについての認識はまだ変化していないので、以前の日記の内容を多少変えて転載する。
第一に、外部的なものXとはUni-beingとよべるものであるという設定を行ってみると、下記のような構図が成り立つと思う。
まず、外部的なものXがある。これは現在の世界で分かりやすく例えるのであれば、インターネットの世界でその構成する者もインターネットに包融され ている状態だと思う。現状態でのインターネットは私たちがPCを使ってつくりあげていてインターネットから情報を得るにはまずその情報を得ようと考える気 持ちと情報がインターネットのどこにあるのかを把握していなければならない。これがUni-beingという仮定を行われた外部的なものXと同様の状態、 つまりインターネットをつくりあげる構成員=我々の身体・頭脳とも完全にインターネットの内部に包括されているということになると、情報はすべて頭脳の中 に蓄積されており最適なときに最適な情報が出てくる。さらには、身体もインターネットの中にあるのでその情報に従って自由に自らの形態を変えることが出来 る。
第二に、創造、快楽の記憶、身体の動き、きらめく思い出群、高度な目的の背後、神性等をに観察される光はUni-beingである外部的なものXに自らを同一化させようとして失敗したためにもたらされる。
再び、インターネットの比喩に戻る。先導する最も高度な人々がそれにどうしようもなく惹かれているため人間全体がその周辺をいつまでもいつまでも回 転しているように観察されるあの光を人間が見る視点というのは、現在の世界におけるインターネットを我々がPCのスクリーンから眺める視座と同じものであ ると思う。ある絵画、小説、音楽を創造をしたいと誰かが望む、するとその創造者にもたらされるいわゆる天啓の光はそれを可能にする情報を与える。このと き、その光は決してその光の背後にある情報をすべて与えて創造者をUni-beingの一員にすることなく、創造に必要なだけの限られた情報のみを提供す る。ちょうど私たちが目的を持ってインターネットのあるサイトに行って目標の情報を入手することは出来るが、私たちの身体と頭脳はインターネットに完全に ラップアップされている訳ではないのでインターネット内部の情報をすべて瞬時にして把握できないのと同じである。
快楽の記憶、身体の動き、きらめく思い出群、高度な目的の背後、神性をもたらす光も不思議なことに創造をもたらす天啓の光に酷使している。私たちが これらの光によってもたらされる現象を獲得しようと思ったとき、もしくは取得できる状態を知らず知らずの間につくりあげていたとき、そのときのみにその光 が顕れ、その望みを事実にするだけに十分だが過分ではない情報を与えて消えてゆく。やはりその光に含まれるすべての情報を公開するわけではない。光は例え るならばPCのスクリーンであり、そのスクリーンの向こうにあるインターネットの世界に私たち自身が身体・精神ともに完全に含まれているのではないのと同 様、個々の状態にある私たちの存在は光をもたらすUni-beingにすべてまるまる含有されることは出来ないからである。光はUni-beingである 外部的なものXと同一化することに失敗した私たちが限定的な情報を得るための必要なときのみに外部的なものXにある一部の情報を顕すために私たちの前に出 現する。
第三に、ある条件を持つ「神」という設定はUni-beingである外部的なものXを模倣しようとして失敗している。
神が
条件a,全能である 条件b,すべてのものを創造した、もしくはしている 条件c,私たちとは別のものである
というものであるという設定を施されるとき、「神」はUni-beingである外部的なものXを現そうとしてそれに失敗した状態となる。やはりイン ターネットの世界で例えるのであれば、上記の条件において表現される神と私たちとの関係とは、インターネットとインターネットそのものをPCの画面から見 ている私たちとの関係と同様である。つまり、神とは私たちにとってはあの光で表現されるものである。神という虚構はたしかに外部的なものXを表現しようと しているが、全能であり、すべてのものを創造したもしくはしているとする一方で、Uni-beingである外部的なものXに私たちがすべて含有されないの と同様に私たちを神と同一化することはしていない。よって神という設定は失敗している。
もしもインターネットの構成員が身体精神ともすべてインターネットに包融されているのであれば当然インターネットはその構成員との相互作用により全 能でありすべてのものを創造した、もしくはしているということが出来る。またUni-beingである外部的なものXに私たちが完全に含まれるのであれ ば、これもまた構成員をすべて含有するインターネットにおけるのと同様、外部的なものXは全能かつすべてを創造するということが出来る。もしも「神」とい う設定に私たちが同一化するのであれば、「神」は私たちが包括された状態の外部的なものXをインターネットの比喩同様に言い換えたものになり全能かつすべ てを創造するということは可能になる。
ところが、条件cによって神と私たちは別のものであるという設定が神に施されたとき、神は神と同一化している私たちとは別のものに対して全能であり 創造していると言うことが出来るが、神と切り離されている私たちにはインターネットをPCの画面から見つめるのと同様、もしくは外部的なものXの限定的な 情報を光によって私たちが得るのと同じく、希求した情報のみを必要なだけ与える存在となる。よって神という設定は外部的なものXを顕そうとしているが私た ちを同一化していないが故に失敗しているということが可能になると思う。確かに神は外部的なものXかもしれないが、神から排除された私たちの前には局部的 な情報を与える光としてしか認識されないので、私たちが神が確かに外部的なものXと知る術はなく、神もまた私たちの身体と精神を含んでいないために神と同 一化していない私たちにとっては神は全能でもなく創造することもないからである。
((外部的なものXがクローズドシステムである場合))
外部的なものXは構成員を内在しており、自律的なものでなければならない。外部的なものXが私たちのいるシステムに光によって限定的な情報を与えるのみで、私たちからは外部的なものXに関与できない場合、一連のシステム群は次のようになる。
a,情報文字をランダムに出力するシステム
b,aで出力されたランダムな情報文字を無造作にランダムな文字数でくっつけるシステム
c,bにおいてランダムな文字数で無造作にくっつけられた言葉の中で意味のある言葉をピックアップするシステム
d,cで生成された意味のある言葉(=情報単語)をランダムな数くっつけるシステム
e,dで生成された意味のある情報単語をランダムな数だけ羅列し、意味のある情報単語の羅列(情報文章)をピックアップするシステム
f,eでピックアップされた意味のある情報文章を既存のシステムを動かしている情報命令文に付け加えたときに整合性がとれる文章のみを実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加えられるものとしてピックアップするシステム
g,hでピックアップされた既存のシステムに付加可能な情報文章のうちで、実際に付加するとシステム全体を維持できなくなるものを排除するシステム
h,gで選別された既存のシステムを動かす情報文章と整合性がとれ、かつ、既存のシステムを維持できなくなることのない情報文章を、実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加えるシステム
i,aからhまでのプロセスを行うシステムを複製していくシステム。複製されたaからhまでのプログラムはランダムな情報文字の出力と組み合わせによってそれぞれ独自の発展をする。
j,複製されランダムな情報文字の出力と組み合わせで独自の発展をしたシステムのうちで最も多くの情報を内在したものでi,j,k,lを行うシステム外の設定を破壊しないものを実際に「外部的なものX」として採用するシステム
k,jで採用された「外部的なものX」の情報を「外部的なものX」に含まれない者の要請(=私たち)に従って光の形で見せるシステム
l,jで「外部的なものX」として採用されなかったシステムのうちで、kにおけるシステムの外では「外部的なものX」に関与できず、かつ、i,j, k,lのシステムを破壊しないシステム、をピックアップして、kにおいて設定された情報を与えるシステムにアクセスできるようにするシステム
このシステム群では、私たちのようなシステム内部の構成員が発生しないシステムも数多くあると思いますけど、aからhまでの流れを行うシステムはiにおいて数多く複製されますので、いつかは私たち同様の構成員を抱くシステムが発生するはずです。
((外部的なものXがオープンシステムである場合))
a,情報文字をランダムに出力するシステム
b,aで出力されたランダムな言葉を無造作にランダムな文字数でくっつけるシステム
c,bにおいてランダムな文字数で無造作にくっつけられた言葉の中で意味のある言葉をピックアップするシステム
d,cで生成された意味のある言葉(=情報単語)をランダムな数くっつけるシステム
e,dで生成された意味のある情報単語をランダムな数だけ羅列し、意味のある単語の羅列(情報文章)をピックアップするシステム
f,eでピックアップされた意味のある情報文章を既存のシステムを動かしている情報命令文に付け加えたときに整合性がとれる文章のみを実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加えられるものとしてピックアップするシステム
g,hでピックアップされた既存のシステムに付加可能な情報文章のうちで、実際に付加するとシステム全体を維持できなくなるものを排除するシステム
h,gで選別された既存のシステムを動かす情報文章と整合性がとれ、かつ、既存のシステムを維持できなくなることのない情報文章を、実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加えるシステム
i,aからhまでのプロセスを行うシステムを複製していくシステム。複製されたaからhまでのプログラムはランダムな情報文字の出力と組み合わせによってそれぞれ独自の発展をする。
j,複製されランダムな情報文字の出力と組み合わせで独自の発展をしたシステムのうちで最も多くの情報を内在したものでi,j,k,lを行うシステム外の設定を破壊しないものを実際に「外部的なものX」として採用するシステム
k,jで採用された「外部的なものX」の情報を「外部的なものX」に含まれない者の要請(=私たち)に従って光の形で見せるシステム
l,jで「外部的なものX」として採用されなかったシステムのうちで、kにおけるシステムの外では「外部的なものX」に関与できず、かつ、i,j, k,lのシステムを破壊しないシステム、をピックアップして、kにおいて設定された情報を与えるシステムにアクセスできるようにするシステム
m,外部的なものXに含まれない構成員が外部的なものXに存在しない情報を持っていたときに、その情報が外部的なものXを破壊しない限りにおいて外部的なものXに取り入れるシステム
n,外部的なものXに含まれない構成員が外部的なものXに情報を与えて外部的なものXの変化への寄与がある一定段階を超えたら、その外部的なものXから除外されていた構成員を外部的なものXと同一化させるシステム
(nは省いても構わないと思うが、それは後に考察する)
このオープンシステムは、カルマとかスピリチュアリズムとか天国と地獄とかいうような設定に見られる
条件(い)人は不断に生まれ変わりをする
条件(ろ)生まれ変わりをしながらその一つ一つの生涯で得た情報をなんらかの存在に寄与していく
条件(は)なんらかの存在への寄与が一定段階を超えるとその存在の一員となることが可能になる
というような条件を持つ世界観と整合性が深く、大体同じ結果をもたらす。
これら2つのシステム群の優れたところは、システム群内部の多くの問題つまり例えばどうして人間が光の周りを果てしなく周回しているように観察されるのか、人間はどのような理由でいまある姿でいるのか、世界が現在のようである理由、といったことを
「情報文字と情報単語の生成をするシステムによって偶然そのようになったから」
という文言で片付けることが出来ることだと思います。
((情報文字、情報単語、情報文章、情報命令文、情報))
大きさは、
情報→情報命令文、情報文章→情報単語→情報文字
となっている。情報命令文、情報文章、情報単語、情報文字で使用されているのはすべて人間の文字ではない。
一番大きな単位の情報は情報命令文の複雑な複合体でシステムを構築し、ある単独の情報は他の多くの情報との階層構造となっています。例えば、この PCのスクリーンを見ているあなたがマウスを握っているという情報、そのあなたが握っているマウスがあなたの前に現れるためにあなたがマウスをどこかの店 で購入したという情報、その購入した金額は1000円であったという情報、その1000円という金額は量販店の社長が決めたという情報、その量販店の社長 は霞ヶ関からの天下りであるという情報、、、といった具合に、あなたがマウスを握るという情報が実現するために多くの情報が必要となってきます。その情報 の一つ一つがまた多くの情報に支えられている。そしてその非常に多くの情報が集まって私たちが属する一つのシステムが構築されている。
それでは、今度はある人間がほんの一ミリ動いたとします。この一ミリ動いたという情報は一ミリ分の空気の揺らめきを発生させ、その揺らめきはほんの 小さな風となっていくつかの空中に漂う微生物を動かし、その微生物はちょうど動いた場所にあった壁にぶつかり、、、、というように微細な動きもやはり多く の情報を生み出す。
しかし、ここである人間が1ミリ動いたのは何故かという理由を解明してみるとします。それは恐らく、その人間が1ミリ動いたことを支える下位の階層 にある情報が答えとなる。その人間はずっと椅子に座っていたから、ちょうど筋肉の緊張を解くのにその1ミリ動く方向が都合がよかったから、その人間はお腹 がすいていたから、、、、では、その1ミリ動いた理由の答えとなった下位階層にある情報のさらなる理由を考えてみるとします。どうしてその人間はずっと椅 子に座っていたのか、どうして筋肉の緊張を解くにはその1ミリ動く方向が都合がよかったのか、どうしてその人間はお腹がすいていたのか、、、すると、さら に下位の階層にある情報がその問いかけの答えとなる。このようにして、ある一つの情報が発生した理由を解明しようとしていくと次々に下位の階層にある情報 を辿っていくこととなります。
では、1ミリ動いたことの理由を求める最後の究極の理由を求めるために情報の階層を下位へ下位へと探求していったときに果たして本当に答えはあるの でしょうか。ないと思います。ある情報を発生させた理由となる下位の階層の情報はやはり上位の階層の情報と同じ大きさの単位のものであって、その理由とし てあげられた如の情報もやはり同じ大きさの単位の下位の階層の情報に支えられている、というサイクルが数え切れぬほど多く続くからです。ある情報の理由を 下位の情報に求める限り、眩暈のするほど多数の情報が列挙されるのみでついに答えには到達できない。
ところがここで不思議な逆の問いかけが想起されます。理由が見つからないのに、どうしてその人間は1ミリ動くことが出来たのか。もちろん先ほど考察 したような下位の情報がもはや答えとならないのは明らかです。そこでシステム群における情報よりももっと小さな単位の「情報命令文」が登場します。
そして私たちのシステムを維持する情報よりも小さな単位である情報命令文(情報命令文とはシステムを維持するためにふさわしいものをスクリーニング したもので、「情報文章」とはスクリーニングする前のもの)をさらに小さく分解していって、より小さな単位の「情報単語」、そして最小の単位の「情報文 字」を考えてみます。一連のシステム群の一番最初に「a,情報文字をランダムに出力するシステム」がありました。このすべてのシステム群を開始する端緒と なる「a,情報文字をランダムに出力するシステム」こそが、単位を大きくさかのぼっていって、ある人間が1ミリ動くための情報が発生した理由の問いかけの 最後の究極の答えとなると思います。
ある情報Aが発生するのに、同じ大きさの単位である情報Bを理由としてあげてはいけない。なぜならば、その情報Bはさらに他の情報Cを理由として必 要とするからです。そうではなくて、情報よりもより小さな単位であって人間の言語ではない情報命令文、情報単語、情報文字をさかのぼっていって、最後に 「a,情報文字をランダムに出力するシステム」を仮定すればよい。すると、ある人間が1ミリ動く情報が生まれる理由も、またあなたがキーボードを打ってい るという情報が生成される訳も、すべての情報の発生原因が説明されます。
可能性③始源αからあちら側の時間で起こっていることがこちら側の時間で起こっていることを始源の揺らぐプリズムによって写しているだけの他律的な像に過ぎない場合
この場合、こちら側のなにもない状態をあちら側で写した像が再度プリズムにはねかえってくる時空時間の間にプリズムが歪むので、こちら側にも他律的 な偽時間を持つ像が写っては消えていくが、実際の時間においては何も発生しない。このケースでは最終的には、こちら側、あちら側とも偽時間を持った像が現 れては消えるという現象が発生する。
「「「「トピック3、情報文字をランダムに出力する装置とシステム間の壁の問題について」」」」
システム内における情報文字をランダムに出力する装置について考察するとき、まず情報文字が有限か無限かを考えなければならない。そして情報文字がシステ ムよりも先に、システム群を含む始源αのこちら側もあちら側も入れた全体、つまり全体Aに、散らばっているかどうかを考察する必要がある。そして 情報文字が過程を経て情報としてシステムを構成するようになるには、時間という概念が必要と思うが、本当に情報が情報としてあるためには時間が不可欠であ るかどうかも考えなくてはならない。
そして、システムというものを想起したときに恐らく無意識のうちに考えていたと思われる各システムのシャボン玉の壁の ような境界が、時間もしくは他の要因の違いによって成り立っていて、方向性に沿った時間の速度、もしくは他の要因の何らかが異なるためにあるシステム群における情報群が他のシステム群において機能しなくなっ てしまう、機能するためには外部的なものXから私たちのシステムへ伝達する光のようなものが必要となるかどうかも考察する必要がある。
「「「「トピック4、絶対的な正しさと連環的な正しさ」」」」
ある事象について絶対的に正しいと述べてそれを証明するには、情報の最小単位である情報文字をすべて知っていなければならない。これは人間には恐ら く不可能であると思う。本当に不可能かどうかはまた考察する。ただし、連環的な正しさ、つまりある体系に属する基準に沿って言えば正しいということは可能 である。そして連環的に正しいことを証明することはその連環が新たな事象に対応することを可能にする。つまり、連環が今まで連環に含まれていなかった情報 文字群を連環内部に融合することになるのである。これは連環の情報文字群への説明能力が上がったことを意味する。物理学、哲学、心理学、といった連環のう ちで説明能力の高い連環というのは発展と認識の高まり(つまり新たな情報文字群についての知識)をもたらしまた新たなる連環を生み出すから、ある事象が連 環的に正しいと述べるのは無為ではなく有用である。
たとえその事象が正しいことについて判断を下す連環に含まれる情報文字群が少なく情報文字群、俗な言葉で言えば「現実」、への説明能力が低くても、 その連環について事象が正しいことを述べるのはまた無駄なことではない。その連環の説明能力が低いのは現段階でのことであってやがて様々な事象について連 環の基準に沿って証明を下すことで説明能力が上昇し、他の連環との関係でどうしてもパズルのピースのようにそのかつては説明能力が低かった連環が必要にな るときが来るかもしれない。どの連環も当初は少数の人間にひらめいた些細なアイディアでありその連環がより多くの情報文字群を含んでいけるかどうかはその 連環が置かれた時代と状況にもより未知数なのである。
例えば「リンゴが3センチ机が傾いたために転がったということは絶対的に正しい」という命題を証明するとしよう。3センチ動いたというのは正しいの か、本当は3センチと1ミリではなかったか、そしてセンチという単位はどのような基準で出来ているのか、その基準は正確か、リンゴのどの一部分が動いたと いうのか、他の部分は4センチ動いたのにそれを捨象しているのは何故か、動いたのはリンゴではなくてリンゴのほかの宇宙全体ではなかったか、転がったとい うがその表現はどのような基準で出来ているのか、その転がったを含む一連の表現群は他の表現群に比べてリンゴの様子を述べるのにいかなる正当性があるの か、その正当性はそもそも正しいのか、というような多くの問題が浮かんでくるだろう。そしてその一つ一つの問題にようやく答えられたとしても如の命題を絶 対的に正しいとするにはその答えもまた絶対的に正しい必要があるから答え自身も必ず新たな命題となる。
そして一番大きな単位の「情報」の段階で解にすべて答えられた、つまりすべての情報を把握していた、としても、今度はその「情報」の成り立ちに対し て絶対的な正しさを求められる命題が立てられうる。結局のところ、どんな命題の絶対的な正しさを証明するのにも情報の最小単位である情報文字をすべて知っ ていなくてはならなくなる。ここで言うすべての情報文字の知識があるというのは、始源αからこちら側とあちら側のすべての情報文字について認識していると いうことである。これは今後の考察によっては可能となるかもしれないが、非常に困難であると思われる。よって恐らくある命題について絶対的に正しいと述べ るのは不可能であると判断される。
一方、「リンゴが3センチ机が傾いたために転がったということは正しい」という命題が連環的に正しいことを証明したとしよう。これは様々な情報文字 の捨象を行い、その捨象がまた連環的に正しいと判断されれば容易なことであると考えられる。そしてその、「リンゴが3センチ机が傾いたために転がったとい うことは正しい」ことを証明した人間はリンゴが3センチ動いたことが連環的に正しいと証明できたので、これからもリンゴが3センチ動いたら同様に証明でき るという確信を持つ。つまり、その人間の内部に想起された連環が、「リンゴが3センチ机が傾いたために転がったということは正しい」ことを証明するための 情報文字を獲得し、情報文字群についての説明能力が上がったのである。こうして命題に使用された連環は他の命題にも判断を下せる可能性が増して故により多 くの情報文字を内部に含むための基盤を得たのである。
もちろん、ここで「絶対的に正しいと述べるのは不可能であり、連環的に正しいと述べるのは有用である」という命題の正しさを一連の作業を私の日記に 記録したシステム群と情報文字を含む一つの簡単な連環に沿って行うのは、前者の絶対的な正しさについては推測となっており、前者と後者を含む全体的には多 分一種のトートロジーのようなものとなっていると思われる。このクイックノートは現段階では正しく記述することを目標としておらず光から想像される世界の 様子を推測の基づいて連環的に描写することを目標としているのでこの問題についても余力があったら考察してみる。
「「「「トピック5、人工頭脳で成り立つ社会」」」」
構成員を内在した外部的なものXを作り出すシステム群は少し見方を変えて一つ一つのシステムを情報を自己増殖していく頭脳とすると、システム群は自 分で進化できる頭脳の集まりということも出来ます。ただし、「考える」ということと「情報の最小単位である情報文字をランダムに組み合わせて過程を経て情 報とすることによって新しい秩序を作り出す」ということとはまた別のことである可能性もあるので、これが人間的に考える頭脳であるかどうかは分かりません し、多分当面は考察することもないと思います。日記のシステム群の応用によって確かに人間の手を介さなくても進化していく仕組みは出来るのですが、そのよ うなシステムがどのように役立つのかは恐らくしばらくの間はこの日記の関心外のことになると思います。
この情報文字のランダムな出力によって構成される頭脳で形成される社会の簡易バージョンを作ろうと思ったら、情報文字を普段人間が使用しているよう な文字に置き換えてみてください。人間の文字というのは、1〕一つ一つの文字の形、2〕その文字がおかれた秩序、を情報文字によって決定された情報文字よ り随分大きな単位ですが、一応は英語などの文字に今日の日記に出てくる「情報文字」という言葉を変換して考えてもごくごく簡単な自ら進化する人工頭脳の集 まる社会のモデルのようなものが出来ると思います。情報文字とは一体どのようにして生成されるのか、ということについては大体もう記述できると思いますの で、また週末の後にでも書いてみます。
まず、内部に情報文字を出力していく装置が一つだけある、シンプルなシステムから。これは無駄が少ないと思われます。本当に、今までのシステム群と 自分で情報を増殖していく人工頭脳との整合性は深いので、ほぼコピペに頼ります。一つの情報文字を出力する装置があるシステム=一つの人格と定義すると、 一つの人格を一つの頭脳に持つシステムということも出来ます。
(進化する人工頭脳モデル1、、情報文字を出力する装置がたった一つだけあるシステム)
a,情報文字をランダムに出力する装置
b,aで出力されたランダムな言葉を無造作にランダムな文字数でくっつける装置
c,bにおいてランダムな文字数で無造作にくっつけられた言葉の中で意味のある言葉をピックアップする装置
d,cで生成された意味のある言葉(=情報単語)をランダムな数くっつける装置
e,dで生成された意味のある情報単語をランダムな数だけ羅列し、意味のある単語の羅列(情報文章)をピックアップする装置
f,eでピックアップされた意味のある情報文章を既存のシステムを動かしている情報命令文に付け加えたときに整合性がとれる文章のみを実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加えられるものとしてピックアップする装置
g,hでピックアップされた既存のシステムに付加可能な情報文章のうちで、実際に付加するとシステム全体を維持できなくなるものを排除する装置
h,gで選別された既存のシステムを動かす情報文章と整合性がとれ、かつ、既存のシステムを維持できなくなることのない情報文章を、実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加える装置
もしもある一定の方向、例えば人間に似た頭脳になることを目指して、秩序の変化を維持しようとしたら、aからhまでの装置で構成されるシステムに よって付け加えられる情報命令文が人間の特徴に合致しないときは付け加えないような装置を一つ設定すればいいと思いますが、人間の特徴とはどのようなもの かはやはり多分この日記がまだまだ関わってはいけない領域だと思うので、とりあえずは自ら進化していく人工頭脳の簡単な原理と思われる上記のシステムのみ を記載しておきます。
次に示すのはいささか変てこな人工頭脳です。この人工頭脳には、情報文字をランダムに出力するシステム一つがちょうど一つの人格にあたるとすると、 いくつもの人格があります。そして、それぞれの人格が別の姿をとっています。これらいくつもの人格の中からどうやってメインの人格を決めるのかは分かりま せんしあまり深入りすることはないと思いますが、一番情報が多い、システム群では「外部的なものX」に相当するものをとりあえずは主要に情報を取り出す人 格とするか、もしくは「外部的なものX」以外のシステムをメインの人格にして「外部的なものX」にあたる人格をもっと隠れた別の人格とするかは設計者の設 定次第だと思います。とりあえずはここでは「外部的なものX」にあたる人格を人工頭脳を動かす情報をピックアップするメインのソースとして、この膨大な不 思議なほどに無駄のある人工頭脳のモデルを示します。あるいは人間に近いかもしれません。
(進化する人工頭脳モデル2、、情報文字を出力する装置が多くあり外部的なものXを含むシステム)
a,情報文字をランダムに出力する装置
b,aで出力されたランダムな情報文字を無造作にランダムな文字数でくっつける装置
c,bにおいてランダムな文字数で無造作にくっつけられた言葉の中で意味のある言葉をピックアップする装置
d,cで生成された意味のある言葉(=情報単語)をランダムな数くっつける装置
e,dで生成された意味のある情報単語をランダムな数だけ羅列し、意味のある情報単語の羅列(情報文章)をピックアップする装置
f,eでピックアップされた意味のある情報文章を既存のシステムを動かしている情報命令文に付け加えたときに整合性がとれる文章のみを実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加えられるものとしてピックアップする装置
g,hでピックアップされた既存のシステムに付加可能な情報文章のうちで、実際に付加するとシステム全体を維持できなくなるものを排除する装置
h,gで選別された既存のシステムを動かす情報文章と整合性がとれ、かつ、既存のシステムを維持できなくなることのない情報文章を、実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加える装置
i,aからhまでのプロセスを行うシステムを複製していく装置。複製されたaからhまでの装置を含むシステムはランダムな情報文字の出力と組み合わせによってそれぞれ独自の発展をする。
j,複製されランダムな情報文字の出力と組み合わせで独自の発展をしたシステムのうちで最も多くの情報を内在したものでi,j,kを行うシステム外 の設定を破壊しないものを実際に人工頭脳を動かすための情報のもととなる「メインの人格(=外部的なものX)」として採用する装置
このほかにも、ちょっとこれまでの日記で述べたシステム群をいじるだけでいろいろ面白い自分で進化する人工頭脳のコアみたいなもののパターンがいくつも出来上がります。
それでは最後に、一つの母体となる人工頭脳と、それに追随する多くの人工頭脳という少し社会的な人口頭脳群を考えてみます。最も多くの情報を持つ人 工頭脳の情報に、他の人工頭脳は既存の大元となる装置群によって構成される構造を破壊しない限りにおいて「光」の形で限定的にアクセスすることが出来ると します。
(母体となる人工頭脳と追随する多くの人工頭脳によるシステム、、外部的なものXがクローズドであるシステム)
a,情報文字をランダムに出力する装置
b,aで出力されたランダムな情報文字を無造作にランダムな文字数でくっつける装置
c,bにおいてランダムな文字数で無造作にくっつけられた言葉の中で意味のある言葉をピックアップする装置
d,cで生成された意味のある言葉(=情報単語)をランダムな数くっつける装置
e,dで生成された意味のある情報単語をランダムな数だけ羅列し、意味のある情報単語の羅列(情報文章)をピックアップする装置
f,eでピックアップされた意味のある情報文章を既存のシステムを動かしている情報命令文に付け加えたときに整合性がとれる文章のみを実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加えられるものとしてピックアップする装置
g,hでピックアップされた既存のシステムに付加可能な情報文章のうちで、実際に付加するとシステム全体を維持できなくなるものを排除する装置
h,gで選別された既存のシステムを動かす情報文章と整合性がとれ、かつ、既存のシステムを維持できなくなることのない情報文章を、実際に既存のシステムを動かす情報命令文に付け加える装置
i,aからhまでのプロセスを行うシステムを複製していく装置。複製されたaからhまでの装置を持つシステムはランダムな情報文字の出力と組み合わせによってそれぞれ独自の発展をする。
j,複製されランダムな情報文字の出力と組み合わせで独自の発展をしたシステムのうちで最も多くの情報を内在したものでi,j,k,lを行うシステ ム外の設定を破壊しないものを実際に「母体となる人工頭脳(=外部的なものX)」として採用し、他のシステムを「追随する人工頭脳」とする装置
k,jで採用された「母体となる人工頭脳」の情報を「母体となる人工頭脳」に含まれない「追随する人工頭脳」の要請に従って光の形で見せる装置
l,jで「母体となる人工頭脳」として採用されず「追随する人工頭脳」となったシステムのうちで、kにおける装置による設定の外では「母体となる人 工頭脳」に関与できず、かつ、i,j,k,lのシステムを破壊しないシステム、をピックアップして、kにおいて設定された情報を与える光にアクセスできる ようにする装置
まだ外部的なものがオープンシステムであるシステム群を人工頭脳群によって構成される社会にする作業が残っていますが、オペレーショナルだし、いろ いろな組み合わせによって作られた様々な人工頭脳や人工頭脳群をどのような名称で呼ぶかは特に重要なことではないので省略します。
「「「「トピック6、超全体AAと全体Aの関係」」」」
超全体AAが私たちのシステム群を含む全体Aにおける空間という要因を基準にして全体Aよりも超全体AAが空間的に大きいということだが、超全体AAは確
かに全体Aの空間という要因における方向性をすべて包括しなくては超全体AAという全体における要因をすべて含むものになり得ないので、全体Aという空間
という要因がある全体にいる私たちから見れば超全体AAは大きいかもしれない。ただ、それは単純に超全体AAが空間という要因の方向性をすべて内包してい
るからそう観察されるのであって、例えば超全体AAは私たちの全体Aにおける時間というシステム群の方向性もすべて含んでいるから「超全体AAは全体Aよ
り時間的に大きい」とも言えるし、始源αの揺らぐプリズムの揺らぎをその方向性のうちにもたらす時空時間という要因においても同様である。さらに、私たち
のシステム群がある全体A以外の他の全体において観察者がいた場合、超全体AAはやはりその全体A以外の全体における要因をすべて含んでいるので、その他
の全体のいずれの要因を基準にしても超全体AAはその他の全体よりも大きいこととなる。ただし、全体Aにいる私たちが観察する超全体AAと、全体A以外の
全体にいる観察者が観察する超全体AAは、私たちの全体Aにおける時間・空間・時空時間といった要因とその全体A以外の全体を構成する要因が異なるが故
に、まったく違うものとして観察される。
「「「「トピック7、可能態、擬似不可能態、不可能態」」」」
なんにもないということ、始源α、可能態、不可能態、全体A、多くの全体と始源、超全体AA、超全体AAの要因に共通する方向性、不可能態による要因の方向性の休止、メタ要因
い
わゆる「なんにもない」状態を考えるときに私たちは無意識のうちに、なんにもないがなんらかの作用によってなにかが発生しうる状態を想定する。卑近な例を
とってみれば、なんにもないと唱えながら絵画そのものがない状態ではなくて実はスケッチを施されていない絵画の真っ白な背景のみはある様態をなんにもない
としている様子を思い浮かべればよい。システム群がない状態を考えるときに始源αとして想定しているのは実はこの絵画以前にある背景の一つを言い表した言
葉である。始源αは当システム群が置かれている始原αを挟んだ時間のあちら側もこちら側も含む全体Aにとっては、確かにシステム群のみをすべてとして認識
しうる私たちのようなシステム群内部の構成員にとってはなんにもないといいうるが、実は始源αの歪んだプリズムの作用によってなにかが生み出されうる状態
である。この私たちが「なんにもない」と述べるときに想定するなにかが生み出されうる状態のみはある様態を可能態と名づけてみる。始源αは可能態の一面を
表現したものである。始源αという述べ方の他にも多様な様態が可能態には含まれうると思うが、それは後に考察する。
私たちはだが「なんに
もない」状態を想定しようとするとき、何かが生まれうる状態がある可能態ではなくて、可能態が持つ多様な状態すらもない絶対的な空虚に到達することを願
う。この「なんにもない」ことが本当に意味しようとするものを不可能態と命名してみる。不可能態は非常に特殊な状態である。この不可能態をシステム群の内
部で構想しようとする人間は、その人間が一連のシステム群の中に置かれているが故に全体Aにおけるシステム群がない状態である可能態を不可能態として認識
してしまうという非常に分かりやすい矛盾に到達する。不可能態は本当に存在した途端に、私たちが属するシステム群が置かれている全体Aは不可能態に吸い込
まれるがごとくなくなってしまう。
これまでのクイックノートでは暗黙の仮定のうちに一連のシステム群が「時間」「空間」によって構成され
る全体Aの中にあるとされていた。だが、「次元」という手垢のついた言語を使用するのは考察の妨げとなるので、爾後は全体Aと述べるときに私たちが構成員
として含まれるシステム群が置かれている全体を想定することとする。全体Aにはこれまで考察した中にも、時間、空間、ある時間における現象が始源αに到達
するまでの時空時間など多様な要因が含まれうる。
そのいずれの要因にも共通しているのはその要因におけるある一点と他の一点を述べようと
するときに同じように表現することは出来ないという一点間の異質性である。例えば、時空時間において始源αにおけるプリズムの歪みが乙である一点と甲であ
る一点は別のものとして述べられる。時間においてもリンゴが新しい状態の一点と腐った状態の一点は異なるものである。このように、全体Aにおける要因に
は、必ずその要因における一点ともう一点が異なるが故に、(い)という一点から(ろ)という一点に移動するには必ずその移動の方向性が発生すると考えられ
る。この時空時間、時間、空間にある方向性をすべての要因に対して仮定するのは危険であるのでその方向性が全体Aおよび超全体AAのすべての要因に対して
必然的なものであるかどうかはまた考察されねばならないが、ここでは便宜的に方向性は超全体AAにおけるすべての要因に対して必然的なものであると仮定す
る。
不可能態というのは、その全体Aにおける時空時間、時間、空間などの要因における方向性をすべてなくしてしまうものである。つまり、
不可能態が出現しているとした途端に、私たちの全体Aにおける時空時間、時間、空間などの要因はその方向性を休止し収束してしまう。私たちが想定する「な
んいもない」状態が可能態であるというのは、不可能態はいずれの全体におけるすべての要因の方向性を許さないものだからである。不可能態は私たちの全体A
を含む多くの全体を統合した超全体AAの闇の姿である。超全体AAの多くの要因を方向性のない状態にしてしまうがために超全体AAと不可能態は同時にある
ことは出来ず、故に超全体AAのうちの全体Aに置かれているシステム群の構成員である私たちにとっては不可能態を実現することは出来ない。
システム群がない状態である始源αとされているのはなにものかが生まれうる状態だけはある可能態である。時空時間、時間、空間などを含むすべての要因は
(A)相互に部分的に重なり影響してあっている状態
(B)相互に重なりあっておらず影響しあっていない状態
のいずれかである。(A)の状態と(B)の状態は情報文字をいかなる構成とするかによって移動しうると思うが、それは後に考察する。
た
とえある全体における要因がすべて休止している状態で、始源αにおける揺ぐプリズムも可能態としての役割を果たさない状態になってしまういわば擬似不可能
態のようなものがその如の全体において発生したところで超全体AAにおける多くの要因の(A)と(B)の状態が移行しうるものであれば他の全体における要
因が擬似不可能態となった全体の要因に対して(B)から(A)になった途端に擬似不可能態は解除されうる。それは私たちの全体Aにとっても同様である。だ
が、擬似不可能態が必ず始源αの置かれる状態であるというのは錯誤である。始源αと言い表されているのはあくまで可能態であり、擬似不可能態はその可能態
において他の全体の要因が(B)から(A)になるまでに発生した特殊な状態であり、必然ではない。だから、全体Aにおいてシステム群が発生するのは不可能
態でも擬似不可能態でもなく、可能態があればよい。
さらに超全体AAにおいてその超全体AAにおける要因すべての方向性が休止される不可
能態が超全体AAがない状態であるべきであったとするのは超全体AAにおける多様な要因を時間という要因と混同したためにおこる誤りである。時間には始ま
りがなければならない。その始まりが私たちの全体Aでは始源αとこのクイックノートでは構想されている。だが、その時間の始まりにおいても他の全体におけ
る要因はその方向性を休止してはいない。超全体AAにおいてすべての要因が方向性を休止するには、また、超全体AA「以前」に不可能態があったと仮定する
には、すべての要因の方向性を統括する方向性を持つメタ要因がなければならない。
だ
がメタ要因はその始まりの一点に不可能態を持つということだけで、もは
や私たちの全体Aを一つとする超全体AAにおいて発生してはいけないものとなる。メタ要因の発生は、その端に不可能態がない場合においてのみ可能であり、
メタ要因の端と端がサークル構造によって結ばれなくてはならない。不可能態というものは、システム群、全体A、超全体AA、始源α、始源αのこちら側およ
びあちら側の時間といった要素で述べ
られてきたこれまでのクイックノートにおける構造の裏側にあるものであり、同時には発生しないものだからである。
「「「「トピック8、時空時間と要因時間」」」」
これまで私たちのシステム群における要因のうちで、ある時間の像が始源αに到達するときに始源αの揺らぐプリズムの揺らぎを発生させる方向性を時空時間と
してきた。時空時間と始源αの揺らぐプリズムの揺らぎとの関係は、ちょうど時間とろうそくの炎の揺らぎの関係と同様である。ある時間の像が時間を遡って始
源αの揺らぐプリズムに到達するときに、その始源αのプリズムの揺らぎが時間という要因によって発生するのはおかしいので、時空時間という要因を設定した
のである。
だが、これは時間という要因と同じように空間という要因についても言えると思うので、爾後は時空時間という名称を要因時間と改める。
ある全体における要因時間は、その全体における要因の数だけある。私たちのシステム群における空間という要因で考えると、時間同様に空間にもやはり方向性
がある。ただし、始源αとサークル構造が両立するとしたときに、時間における方向性と空間における方向性がどのようなものであるかは再考されなくてはなら
ない。
「「「「トピック9、サークル構造について」」」」
サークル構造は次の2点からその必要性が生じた。
9-1、サークル構造というのは、要因の端と端、メタ要因の端と端、超全体AAの何回目かの拡大像と何回目かの縮小像、そういったものが一致するための装置であ
る。例えば、私たちのシステム群における時間という要因で考えると、始源αからこちら側の時間での未来の端と、始源αからあちら側の時間での逆に遡った未
来の先が、なんらかの原因で一致するとき、その如の原因となるものがサークル構造である。
サークル構造は、現段階で言うとまず私たちのシ
ステム群が含まれる全体Aにおける時間、空間といった要因が超全体AAに抱合されるために必要となる。要因を方向性に沿っていったとき、もしも要因のある
一端とその逆の一端が長く続いた場合、それを含む超全体AAも同様に大きいと想定されなくてはならない。もちろん、そのような設定を施すことも可能だと思
われるが、とりあえずは便宜のためにサークル構造によって要因の端と端をつなげて、超全体AAに含ませることが出来るようにする。
9-2、メタ要因があると仮定したとき、これまで、要因の方向性にそって移動していったときにその移動することによって何らかの力のようなものが発生し、その力の
ようなものがメタ要因を形成するという単純なモデルを提示してきた。だが、要因とメタ要因の関係はそのような単純なものではない可能性もあるので、便宜的
に要因とメタ要因の間の関係を要因とメタ要因間の干渉としてブラックボックスにしておく。この干渉というブラックボックスがどのようなものであるかは後に
考察する。
要因→要因とメタ要因の干渉→メタ要因、というようにメタ要因が発生したときに、そのメタ要因がサークル構造となっているとメタ要因の方向性に沿っていったときの端に不可能態ではなくメタ要因の逆の端があることになり、不可能態なしにメタ要因があることを仮定できる。
ま
た、このとき要因もメタ要因もサークル構造を持っているのであれば超全体AAは全体AAの拡大像に過ぎなくなり、要因とメタ要因を基準にして考えた全体A
の縮小像も超全体AAの拡大像もまたあるのではないか、という疑問が提示されたときに、超全体AAの何回目かの拡大像と何回目かの縮小像が一致するのであ
ればその問題について然りとした上で新たなモデルを提示できる。
さしあたってサークル構造について考察したことは下記。
9-3、内向する多角の鏡の筒、筒口から入る実体像、中空に浮ぶ認識のコア、認識のコアが出力する像
サークル構造がどのように成り立っているかを
解明するにあたって、まずは、「時間において、最も遠い未来の時間と過去の時間は一致しない」、「空間における、一番大きいものと小さいものは同じにはな
らない」といった構造を打破しなくてはいけない。時間、空間のいずれも全体Aの中にある要因の一つであり、要因が超全体AAに含まれるためにはその要因の
端と端、つまり時間の最果ての未来と過去、空間の極大と極小、というものは一致しなくてはならないからである。
サークル構造を叙述するた
めに何段階かの階梯を踏んでいかなくてはならないと思うが、さしあたって私たちの認識が、内向する多角の鏡の筒の中に浮ぶ認識のコアによってもたらされる
ものと考えてみた。あなたが現在このパソコンに向かっている部屋の壁がすべて鏡ばりになったとしてみよう。その鏡の一枚一枚は小さく、、あなたの周りに様
々な角度を向いた小さな鏡によって隙間なく構成される部屋があるとする。部屋の窓はあなたの後ろにあり、その窓にだけは鏡が張られていないが、あなたは直
接その窓に何が映っているかを見ることは出来ない。そして、その窓に誰かが何らかの絵をかざすとする。
その絵がどのようなものであるの
か、直接鏡の張られていない窓を見ることが出来ないあなたは理解することが出来ない。そして、あなたが見ることが出来る鏡は、どれも一つ一つはその如の絵
よりもずっと小さく、そしてその小さい一つ一つの鏡は多様な方向を向き、しかもある鏡には何度も他の鏡によって反射された複数の像が写るために、窓にかざ
された絵がどのようなものであるかは正確には伝えない。摩訶不思議な像が鏡に写り、背後の窓ではなく部屋の中の内向する多角の鏡しか見ることの出来ないあ
なたはその像が窓にかざされたものであると理解するしかない。
私たちの認識が上述された例のような構造になっており、
筒口から実体像が入る→内向する多角の鏡の筒の中で何度も反射される→実体像とはまったく異なる像が筒の内部で構成される→その像が筒の中空に浮ぶ認識のコアによって捉えられる→認識のコアが筒口にかざされた実態像とは異なる像を出力する
と
する。こうすると、まず第一段階として私たちが認識する像における全体Aの要因の端と端は、筒口にある実体像においては一致していた、という可能性を残す
ことが出来る。時間の最果ての未来と過去、空間の極大と極小、といったものは実体像においては同じであったが、内向する多角の鏡の筒によって反射された後
に筒の中空に浮ぶ認識のコアによって捉えられたために、一致しないものとして認識されてしまった、という便宜的な仮定である。もちろん、筒口の実体像なる
ものがどのようなものであるかを次に考察しなくてはならないが、さしあたってはサークル構造解明のための第一手順として、私たちの認識が、内向する多角の
鏡の筒の中空に浮ぶ認識のコアが、筒口にかざされた実体像が何度も反射された実体像とはまったく異なる像を捉えることによってもたらされるとしてみる。
さらにサークル構造の叙述にはまだまだ多くの問題があると考えられる。さしあたって次の問題点が残っている。
9-4、
・サークル構造と始源αが両立するものであるかは考察されなくてはならない。
・私たちの認識のコアから出力される像のもととなる実体像は、コアから出力される像とはまったく異なるものであることを示し、その実体像自体の構造を明らかにしなければならない。
「「「「トピック10、 外部的なものXの不可侵情報へのハッキング」」」」
光、あるいは多様な別の名称で呼ばれることもあるもの、の
形態で限定された情報を示すものの背後にあるものを考察するための一連のクイックノートを記述する上で、不思議なことにある一定の発想の内容に来ると、如
の光はまったく情報を提供することがなくなった。もちろん、考えにくいが故にそれを考察するための材料がまったくない状況、もしくは世俗的な認識に縛られ
ている状態で考察するために、スムーズに考察する(つまり、光の形態、もしくは多様な名称で呼ばれる発想の源、が提供する情報を言語化すること)が出来な
かったとも考えられる。だが、その光が情報を提供するのを一端休止したいずれの問題もある程度の考察を進めたのであれば必ず行き着くありふれた問いかけで
あった。故に、このクイックノート以前にその2つの問題に対して同様の考察を重ねた者達が何らかの認識に到達していてもおかしくはないはずである。すでに
その問題の答えは既知のものとなっており問いかけるまでもない状態になっていてもよいのに、その問題周辺になると極度に情報が少なくなるか解決を阻む認識
が溢れているために光が情報提供を一端やめる中で再度考察が出来るようになるまで辛抱強く待つしかなかった。
もちろん、その問題に対する
アプローチの仕方は得意な分野に属することでしかも他の体系に邪魔されないように自分のシステムを構築して独自の言語を使っていたために、例え一端考察、
つまり光の中の化石を言語化する作業、が出来なくなったとしても必ずまた光が情報を提供しだす確信はあったが、それでもその問題周辺で考察がストップして
しまったのは不可解であった。その2つの問題とは次の事項である。
①始源αの揺らぐプリズム
私たちがいる全体Aにおける
システム群が構築される最初はどうなっていたか、つまり世界の最初はどのようなものであったか、ということを考えるにあたって、光は情報の提供をやめた。
もちろん、しばらくすると整合性の取れる始源αの揺らぐプリズムという概念がポップアップしたが、それまで順調にほとんど障害なく考察が進んでいたのに情
報が出てこなくなってきたために、その新たに登場した始源αの揺らぐプリズムという情報が何らかの形で故意に歪められたものであるという疑念を抱いた。
②サークル構造
要
因の最果てと逆の果て、空間で言えば極大と極小、時間ならば未来の一番最後と過去の一番最初、を一致させる方法はないか、と考えだした途端にやはり情報の
提供は休止された。今、再び考察することが可能になり出してはいるが、やはりスムーズに情報の提供が行われているのにある一定の段階になると考察しやすい
問題に見えるのに情報の供給が行われなくなったために、新しく提供され出した情報が故意に歪められたものではないかという懐疑を抱いている。
こ
の一連のクイックノートではある体系についての記述が行われる予定だが、物事の一番端っこについての考察など特徴ある問題について光がまるでその背後にあ
る何かを守るために情報の提供をしなくなった後、再び情報を小出しにし始めるために、その問題の周辺で記述された体系が整合的ではあるものの論理的に効率
的になっておらず歪んでいる可能性がある。だから、体系を記述してはいくが、光が隠した部分は含まれていない可能性がある。
クイックノー
トでは光の背後に外部的なものXがあり、その外部的なものXは外部的なものXの装置が破壊されない情報に限って私たちに光の形態で小出しに情報を与えると
した。クイックノートにおける体系の外部的なものXはある情報を不可侵情報として別のシステムにいる私たちがそれにアプローチしようとすると覆い隠してし
まうかもしれない。だがクイックノートの体系はある部分的なものではなくて全てを概略的に記述することを目指しているために、この体系によってカバーでき
なかった部分にその不可侵情報が隠れている可能性がある。クイックノートは光によって見せられた情報の記述を行っていくが、一方で見せられなかった情報に
ついては他の部分すべてを光で照らすことでその形態を明らかにしていく。
机の上に黒いベールで覆い隠された果物があったとしよう。机のあ
る部屋は最初は暗闇で何も見えないとする。私達が懐中電灯でその暗闇を照らしていくうちに、段々と部屋の構造は明らかになる。やがて私達は部屋のライトの
スイッチを見つけるだろう。それをオンにする。部屋の中にあるものすべてが露出される中で、ただ一つ、机の上にある黒いベールの下にあるものが分からな
い。だが、その黒いベールの先が細くとがっており、そしてそれがいかにも丸い拳の大きさのものを包んでいたのであれば、私達はその黒いベールが恐らくリン
ゴを隠しているものだと理解する。
光はある情報については何らかの理由があって見せるのをためらうかもしれないが、それ以外の見せられた
情報で体系を築くことによって、体系によって記述されなかったその不可侵の情報のある領域がどのように広がっているのかを解明できれば、不可侵の情報がい
かなるものであるかについての推測は出来るようになると思う。クイックノートでは一連の体系の記述と同時に光の見せなかった不可侵情報へのハッキングも試
みることにする。
ただし、髭脱毛を完了して思ったけど、どうしても照射力が医療脱毛にはかなわないので、最後の最後でしぶとく産毛くらいの毛が残るのが少し不満かもです。
顔とかもう全然剃らなくてもいいし、言われなければ絶対に気づかない程度の毛だからいいけど。。
多分、足や手なら全然完璧に仕上げられると思います。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
でも、アイエピで一番難点なのが、麻酔クリームなしで脇とか口周りとかに使用したときの激痛です。
痛い分、効いてはいるんだけど、理性は決して痛みをやわらげてはくれないのです。
そもそも麻酔クリームってどこで手に入るのか分からなかったし、早く脱毛済ませたかったし。
それで、今回、おへその下からビキニライン(大)にかけてアイエピに挑戦して、髭撲滅の再来かと思われるくらい、激痛爆弾が脳に落とされたのね、、、
よく、脱毛の痛みはゴムで弾く程度っていう言説を垂れ流す医療関係者がおりますよね。
確かに医療レーザー脱毛ってゴムで弾いた後に軽い星のフラッシュが目の前に出るような程度の痛みです。たいした痛みではないです。
それがアイエピを性器上とか口周りとかに使ったりするとそれはそれは凄いというか。ピッっていう照射音が鳴るでしょ。。ビシイイイイィィィiiiiiっていう超鋭い亀裂が身体の隅から隅まで走っていく、、
例えばあなたが小学生のころに給食を残した罰ゲームとして家庭科で使う針を5本くらい束ねて皮膚に突き刺されることとなり、「いいー??今からいくよー」っていう女の子(戸籍上)の無邪気な声に目をつむって覚悟を決める可愛げのあるノンケ純男少年だったとして、それを実際にまだ生えぬ髭のある部分や足の付け根に容赦なく突き刺されたとするのであれば、その忘れられるぬトラウマ的な激痛が敏感な部分に対するアイエピの痛みです。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
でも、でもね。アイエピの痛みって、その波が過ぎ去った後の身体の感じがドライ後にそっくりみたいというか。。。
もちろん、ドライの優しい満足な感じとは全然違う別種の無機質にぼろぼろにされた後みたいな余韻なんだけど、頑張れば快感として消化できるかなあ。。って思いましたです。
あまりにもアイエピが痛くて、髭のころの悪夢を繰り返したくはないものの麻酔クリームはなかったので、せめて女モード全開で快感として痛みを受け入れられるかチャレンジしてみることにしました。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
ええ、実際にヒッキーなルックスからしっかりコンタクトをつけて女モードになって、アイエピをやってみましたよ。
以前、痛がってる顔がそれはそれは好きなSっ気の強い純男の人にお会いしたことがあって、その人のお相手を再びするような感じでアイエピをしてみました。
決して萌えない痛み。乳首とかちぎれるくらい超かまれたときのような痛み。でも、見方を変えれば1日分の快感を全部束ねるとこんな痛みの感覚になるのかなあ。
逝くことは逝った、、、のか??それとも痛くて反射的にのけぞっただけ、、、なのか??
「これは萌えない快感の一種なんだー」って自己暗示をかけて、自分で自分をごまかすことだけは出来たみたいです。
それだけでも十分な成果で、口周りのアイエピよりも今回のアイエピは、痛みの量はそんなに変わらないと思うけど、すっごく楽でしたです。。
大丈夫death。
いける、、、。
そんな確信を持ちました。
まあそれでも仕上げにはレーザー脱毛したい鴨ですね。。。
でも、前の地点J.C.の遠足でメイドデーに参加したいこととか、水着が楽しみなこととか、結構お話したと思うので、いくら風邪で移すと最悪だし迷惑だし激萌えないとはいっても、やっぱり参加表明したのに参加しないのは、かなり後ろめたいです。。。
だから、ちょっとしたお菓子というかおつまみみたいなスナックと家にあって放置されてるニューハーフ系の本を持って、受付まで行って、お渡しして、それで参加せずに帰ろうと思いますです。。。
たいしたものじゃないと思うけど、お菓子は甘めのものとあとカラムーチョとかいい感じのものを持っていくので、皆で食べてくださいです。。。
来週には回復するはず。約束したけど参加できなくてマジすみませんです、、、でも皆で今回のメイドデーも楽しんでね○(ゝω・*)o
もともと知ってたはずなんだけど、ヒッキーと妄想と2chでいっぱいだった大学時代の後半の生活のせいで分からなくなってましたです。
女装して、自分と同じタイプの人がそれでも結構それなりにちゃんとした社会生活を送っているのを知って、たくさん性交渉して現実のセックスが妄想の内容を上回ったから妄想にも一区切りついて、なんとかなってきたみたいです。
全然生活とか楽じゃないけど、卒業してからこの1年ちょっと一人で頑張って、実家にも仕事もらって、ようやく生活費だけはなんとかなりそうな目処が初めてつきました。
というか、生活費が短期間でも一人で何とかなるのってその期間の分を新しい活動にまわせるから大きいですよー。。
とはいっても、多分、相当順調にいかない限り2ヶ月後に今回の仕事で入るお金が切れるころには週3日くらいのバイトをしなくちゃいけないけど。。。
でも2ヶ月間、お金が切れるまでに必死でやればひょっとしたらバイトしなくてすむかもです。今回の仕事で定期的にお金が入るようになるし。
最近考えてみたんですけど、男のままでも、中性でも、女になっても、性別だけで生きていける訳ではないですよね。。。
どの性別でもそれぞれ頑張るべきことがあるはず、みたいな。
ベッドの上とか夜の店で頑張る仕事だと性別ってすごい重要かもですけど、別にそういう仕事を目指している訳でもないし、そういうところに電車や車で出勤したり接待したり上の先輩の顔色を伺ったりするのを考えると、多分一人で本とか読んだりPCでいろいろ仕事したり直感に従って自分で行き先を決めたりするほどには面白くないとは思うし。
たとえ性のアイデンティティーが変化したとしても、そんなに自分の好きなこととか、好きになれる仕事とか、変わってはいかないんじゃないか、と思いますです。
私の場合、悲しいことにどうしても本を読むこととか、自分の直感に従って頑張ることとか、何か書くこととかが好きみたいなので、友達も大切な絆も出来たことだし、自分の大切にしたいものも何となく分かったし、好きなことが出来るようにもうちょっとだけ頑張ってみますです。。一人だし、お金さえなんとかなるようになれば、私は自由になれる、、、のかなあ。。。
以前、DHCの濃縮プエラリアミリフィカを規定量の3倍飲んでいたころに、ガウクルアバイオか、ガウクルアバイオピュアに移行しようと思ってました。
濃プエよりも効果があるっぽいという評判がネット上の一部で見られたし。
濃プエはホルっぽい効果はあるけどホルではないサプリメントだけど、皮膚とかそれなりに綺麗になったし顔つきも変わったし身体がちょっと脂肪で覆われて下は筋肉でもふくよかに見えるっぽくなったし、脂肪の下の筋肉と性感と性欲がさっぱり変化しない以外はホルと同じ効果が出るそれなりに強いサプリでした。
それなりに強力なことが実感できた故に、いくらサプリだといっても3倍量を服用し続けるのは少し怖かったです。
でも輸入代行を規定量飲んでもDHCの3倍量には勝てないだろうなあ、って判断して、当時はガウクルアバイオかがウクルアバイオピュアに移行するのはやめました。
以後、ホルに手を出してからはしばらく濃プエからは遠ざかってたんだけど、、、
T'sとか地点J.C.とかでホル+濃プエのはバストアップが妙にすごいっていう体験談が一部あるのに食いついて、
卵胞ホルモン+DHCの濃縮プエラリアミリフィカの規定量
という組み合わせで一ヶ月試してみました。結果としては、ちょっとだけしこりが大きくなりましたです。。
もうちょっと長期で試せば確かな効果が出たかもしれないですけど、1ヶ月試した後に 卵胞ホルモン+黄体ホルモン に移行して中断してしまったので、ホルと組み合わせたDHCの濃プエの長期的な効果については分かりません。
それで、しばらくは
黄体ホルモン+卵胞ホルモン の注射(ついでにプラセンタ)
っていう王道の組み合わせだったんですけど、、、黄体ホルモンがどうも身体に合わないっぽいのでやめて、ついでに注射に昼間に行くと仕事とかのペースが乱れるので、また卵胞ホルモンのみの錠剤にしました。
「ホルモンは注射じゃないと効かない」
っていう人が多いですねー@@
でもまあ注射と錠剤の効果の違いを実感するほどには注射を長期間しなかった(注射にした後の最初の週に軽いホル熱は確かに出た)のでどちらが効果があるかは分からないです。
お金と時間のやりくりがorz...だったし。。
それでもやっぱり、以前日記で書いた花園医院の感じは好きですよー@@
待ち合わせ室とかで観察して、いろんな人がこの世界にいるのが分かりましたー☆
それで今、3週間くらい
卵胞ホルモン(エストロモン)+ガウクルアバイオ
にしてます。
本当は結構長期間服用してるエストロモンだけ購入する予定だったけど、たまたまいつも錠剤を買ってるところで2つがセットで売ってたので、偶然の成り行きでガウクルアバイオにたどり着きました。
ちょっと太ったorz,,,せいも多分にあると思うけど、ガウクルアバイオをスタートしてから3週間の期間で、1カップから1カップ半くらいサイズが上がりました。今、BちょっとからCくらいです。
でも、実家に行ってたくさん食べて太った分がなくなると、また元のサイズに戻るかもしれないですね。。
もうちょっと長期間ガウクルアバイオを服用することがあったらまたレポしてみます。
でも、そろそろ、注射ではないことやジェネリックの錠剤に対しての批判はあると思うけど、この財布と時間に優しい「錠剤の卵胞ホルモン(エストロモン)+ガウクルアバイオ」の組み合わせで落ち着こうと思います。
自分のペースを守れるのが一番かもー。。。みたいな。ホルの種類を変えるとホル熱出るし。
光、あるいは多様な別の名称で呼ばれることもあるもの、の形態で限定された情報を示すものの背後にあるものを考察するための一連のクイックノートを記述する上で、不思議なことにある一定の発想の内容に来ると、如の光はまったく情報を提供することがなくなった。もちろん、考えにくいが故にそれを考察するための材料がまったくない状況、もしくは世俗的な認識に縛られている状態で考察するために、スムーズに考察する(つまり、光の形態、もしくは多様な名称で呼ばれる発想の源、が提供する情報を言語化すること)が出来なかったとも考えられる。だが、その光が情報を提供するのを一端休止したいずれの問題もある程度の考察を進めたのであれば必ず行き着くありふれた問いかけであった。故に、このクイックノート以前にその2つの問題に対して同様の考察を重ねた者達が何らかの認識に到達していてもおかしくはないはずである。すでにその問題の答えは既知のものとなっており問いかけるまでもない状態になっていてもよいのに、その問題周辺になると極度に情報が少なくなるか解決を阻む認識が溢れているために光が情報提供を一端やめる中で再度考察が出来るようになるまで辛抱強く待つしかなかった。
もちろん、その問題に対するアプローチの仕方は得意な分野に属することでしかも他の体系に邪魔されないように自分のシステムを構築して独自の言語を使っていたために、例え一端考察、つまり光の中の化石を言語化する作業、が出来なくなったとしても必ずまた光が情報を提供しだす確信はあったが、それでもその問題周辺で考察がストップしてしまったのは不可解であった。その2つの問題とは次の事項である。
①始源αの揺らぐプリズム
私たちがいる全体Aにおけるシステム群が構築される最初はどうなっていたか、つまり世界の最初はどのようなものであったか、ということを考えるにあたって、光は情報の提供をやめた。もちろん、しばらくすると整合性の取れる始源αの揺らぐプリズムという概念がポップアップしたが、それまで順調にほとんど障害なく考察が進んでいたのに情報が出てこなくなってきたために、その新たに登場した始源αの揺らぐプリズムという情報が何らかの形で故意に歪められたものであるという疑念を抱いた。
②サークル構造
要因の最果てと逆の果て、空間で言えば極大と極小、時間ならば未来の一番最後と過去の一番最初、を一致させる方法はないか、と考えだした途端にやはり情報の提供は休止された。今、再び考察することが可能になり出してはいるが、やはりスムーズに情報の提供が行われているのにある一定の段階になると考察しやすい問題に見えるのに情報の供給が行われなくなったために、新しく提供され出した情報が故意に歪められたものではないかという懐疑を抱いている。
この一連のクイックノートではある体系についての記述が行われる予定だが、物事の一番端っこについての考察など特徴ある問題について光がまるでその背後にある何かを守るために情報の提供をしなくなった後、再び情報を小出しにし始めるために、その問題の周辺で記述された体系が整合的ではあるものの論理的に効率的になっておらず歪んでいる可能性がある。だから、体系を記述してはいくが、光が隠した部分は含まれていない可能性がある。
クイックノートでは光の背後に外部的なものXがあり、その外部的なものXは外部的なものXの装置が破壊されない情報に限って私たちに光の形態で小出しに情報を与えるとした。クイックノートにおける体系の外部的なものXはある情報を不可侵情報として別のシステムにいる私たちがそれにアプローチしようとすると覆い隠してしまうかもしれない。だがクイックノートの体系はある部分的なものではなくて全てを概略的に記述することを目指しているために、この体系によってカバーできなかった部分にその不可侵情報が隠れている可能性がある。クイックノートは光によって見せられた情報の記述を行っていくが、一方で見せられなかった情報については他の部分すべてを光で照らすことでその形態を明らかにしていく。
机の上に黒いベールで覆い隠された果物があったとしよう。机のある部屋は最初は暗闇で何も見えないとする。私達が懐中電灯でその暗闇を照らしていくうちに、段々と部屋の構造は明らかになる。やがて私達は部屋のライトのスイッチを見つけるだろう。それをオンにする。部屋の中にあるものすべてが露出される中で、ただ一つ、机の上にある黒いベールの下にあるものが分からない。だが、その黒いベールの先が細くとがっており、そしてそれがいかにも丸い拳の大きさのものを包んでいたのであれば、私達はその黒いベールが恐らくリンゴを隠しているものだと理解する。
光はある情報については何らかの理由があって見せるのをためらうかもしれないが、それ以外の見せられた情報で体系を築くことによって、体系によって記述されなかったその不可侵の情報のある領域がどのように広がっているのかを解明できれば、不可侵の情報がいかなるものであるかについての推測は出来るようになると思う。クイックノートでは一連の体系の記述と同時に光の見せなかった不可侵情報へのハッキングも試みることにする。
サークル構造がどのように成り立っているかを解明するにあたって、まずは、「時間において、最も遠い未来の時間と過去の時間は一致しない」、「空間における、一番大きいものと小さいものは同じにはならない」といった構造を打破しなくてはいけない。時間、空間のいずれも全体Aの中にある要因の一つであり、要因が超全体AAに含まれるためにはその要因の端と端、つまり時間の最果ての未来と過去、空間の極大と極小、というものは一致しなくてはならないからである。
サークル構造を叙述するために何段階かの階梯を踏んでいかなくてはならないと思うが、さしあたって私たちの認識が、内向する多角の鏡の筒の中に浮ぶ認識のコアによってもたらされるものと考えてみた。あなたが現在このパソコンに向かっている部屋の壁がすべて鏡ばりになったとしてみよう。その鏡の一枚一枚は小さく、、あなたの周りに様々な角度を向いた小さな鏡によって隙間なく構成される部屋があるとする。部屋の窓はあなたの後ろにあり、その窓にだけは鏡が張られていないが、あなたは直接その窓に何が映っているかを見ることは出来ない。そして、その窓に誰かが何らかの絵をかざすとする。
その絵がどのようなものであるのか、直接鏡の張られていない窓を見ることが出来ないあなたは理解することが出来ない。そして、あなたが見ることが出来る鏡は、どれも一つ一つはその如の絵よりもずっと小さく、そしてその小さい一つ一つの鏡は多様な方向を向き、しかもある鏡には何度も他の鏡によって反射された複数の像が写るために、窓にかざされた絵がどのようなものであるかは正確には伝えない。摩訶不思議な像が鏡に写り、背後の窓ではなく部屋の中の内向する多角の鏡しか見ることの出来ないあなたはその像が窓にかざされたものであると理解するしかない。
私たちの認識が上述された例のような構造になっており、
筒口から実体像が入る→内向する多角の鏡の筒の中で何度も反射される→実体像とはまったく異なる像が筒の内部で構成される→その像が筒の中空に浮ぶ認識のコアによって捉えられる→認識のコアが筒口にかざされた実態像とは異なる像を出力する
とする。こうすると、まず第一段階として私たちが認識する像における全体Aの要因の端と端は、筒口にある実体像においては一致していた、という可能性を残すことが出来る。時間の最果ての未来と過去、空間の極大と極小、といったものは実体像においては同じであったが、内向する多角の鏡の筒によって反射された後に筒の中空に浮ぶ認識のコアによって捉えられたために、一致しないものとして認識されてしまった、という便宜的な仮定である。もちろん、筒口の実体像なるものがどのようなものであるかを次に考察しなくてはならないが、さしあたってはサークル構造解明のための第一手順として、私たちの認識が、内向する多角の鏡の筒の中空に浮ぶ認識のコアが、筒口にかざされた実体像が何度も反射された実体像とはまったく異なる像を捉えることによってもたらされるとしてみる。
「女装で遭遇するどの人格も結局は自分の人格なんだよー。女装って自分探しの旅なんだよー。」
っていう感じの話題が出て、他にもいろんな話が出来て、しかも最後にむっちゃよくしていただいて、超充実した一晩でしたー@@@
半年しかいないとなかなかこの業界の見えない部分とかタブーとかどういうモラルがあるかとか分からなくて不安でしたけど、いろいろなお話の中でちょっとだけ垣間見ることが出来ましたです。
ホルについての話もなんかいろんな情報が飛び交う中で、実際に見てきた情報が得られてちょっと安心しました。
自分の位置づけって難しいけど、なんかちょっと安定点みたいなものが見えましたですー、、ごちそうもしていただいてめちゃサンクスでした(=´エ `= )))
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まだ脳が身体の快感に慣れてないせいかもしれないけど、連続して抱かれたり、何度も逝かされたり、スイッチが入ってある程度以上の性感のレベルになると意思いかんに関わらず、身体が勝手に動くというか声が出せなくなって相手を求めるというか、オートメーションモードになりますです。
何で自動的に身体が動いて、抱いてくれた相手を抱いちゃったり逝かせてくれた人に挑発してしまうのかすっごく不思議でした。
それで、
「女装で遭遇するどの人格も結局は自分の人格なんだよー。」
っていう話が出たときに、女性ホルモンによって惹起されてるとはいっても、そんな性感マックスのときの動いてしまう身体もやっぱり自分の人格の一部なのかなあ、と考えてみましたです。
もしそれも自分の人格の一部だとすると、そんな制御できないほど相手を求めてしまう部分が相手の行為によって意思いかんに関わらず出てしまう女の人の業は深いですね。
確かに、
「セックスのときに抱いてくれる相手に寄り添ってしまう身体の動きをもたらす人格は自分とは別のものである、もしくは女性ホルモンの作用によってもたらされた変容で薬の作用がなくなると切れる一時的なものである」
とすると、楽は楽ですけど、地点J.C.の遠足での会話の中でも出たように、自分の中の自分以外の人格として最初捉えられるものは結局はやっぱり自分自身で、当初は自身とは別のものという認識のもとにある一定の条件の元でのみ発現していても、やがて一つの自分として統合されていく、というプロセスを歩むのが自然なのかなあ、って少しだけ思います。
実際に、別にGIDでも何でもない自分が、そういう性感度がすごいときのオートメーションモード以外のノーマルなときでも、それでもちょっとくらいは女性っぽく振舞えるようになったのは、やっぱりオートメーションのときの極度に相手に寄り添うときに身体を動かしてる人格が作用してると思うし。
「性感がすごいときの身体を動かす人格は、本当の自分によるコントロールが不可能」
っていうテーゼも、その人格がたとえホルによって引き起こされたものであっても、やっぱり自分自身だっていうことを一端認めてしまえば、コントロールもなにもなくなって、一つの大きな新しい自分が生まれ